セラピストにむけた情報発信


コーチング2



2008年6月27日

今回は,コーチングの具体例に関する紹介です.

前回のページで紹介した,
諏訪茂樹氏の著書,「対人援助のためのコーチング:利用者の自己決定とやる気をサポート」(中央法規出版,2007)に,リハビリ場面におけるコーチングとして大変参考になる実践例が紹介されています(page 26-27).

ここでの設定は,リハビリのために歩行器を使って廊下を歩いている男性との,仮想的な会話の事例です.この男性は,1日廊下を1周することを目標としています.ほぼ毎日目標を達成していますが,たまに嫌になることがあるようです.そこで,コーチングに基づく質問を通して,その対策を自己決定してもらうことを目指しました.

以下,上記本に掲載されている会話から,大変有用な6回のやり取りを引用

 どういう時に,嫌になるのですか? (1)
 「雨の日.関節が痛むと,おっくうになって...」

 それは嫌になりますよね.どうすればよいと思いますか? (2)
 「(略)我慢して続けるのも1つだけど..」

 我慢する以外に,何かないですか? (3)
 「(略)雨の日はやめてしまう」

 なるほど,それもそうですね.毎日が雨でもないし.でも他にないですか? (4)
 「そうだなー.(略)半周だけ回る方法もあるな.」

 それもいいですね.結局,どうしますか? (5)
 「とりあえず,雨で関節が痛むときは,半周だけ回ることにするよ.」

 そうですか.天気予報によると,明日は雨ということですが... (6)
 「じゃあ,明日からやってみるよ.明後日に晴れたら一周半するかな(略)」

 (以下,省略)


ここまでスムーズに自己決定できる人は,そもそもリハビリテーションに対するモチベーションの高い人であり,現実の臨床場面において,こんなに簡単に自己決定を導くことは難しいかもしれません.

しかし,この会話例には,どのような状況でも役に立つコーチングのテクニックが含まれています.

第1に,全体を通して質問によって会話が進行されており,「●●しなさい」といった指示的なメッセージが含まれておりません.

第2に,相手の問題や悩みに共感する応答をすることで,相手が話しやすい雰囲気を作っています.

第3に,質問は,答えやすい簡単な質問(1),問題解決のための選択肢を増やすための質問(4),相手の自己決定を促すな質問(5,6)などで構成されていることがわかります.

特に,(4)における会話は大変参考になります.

直前の「雨の日は(訓練を)やめてしまう」という回答は,セラピストにとって決して望ましい回答ではありません.思わず,「それでは何の解決にもなりませんね」とか,「それでは晴れた日の苦労がだいなしですね」と答えたくなる状況です.

これに対して,この会話例では,「なるほど,それもそうですね.毎日が雨でもないし」と,いったん相手の会話を受容しています.その上で,「でも他にないですか?」と,別の解決策を模索させる方向へ誘導しています.この受容が,「相手は自分のことを真に分かってくれるかもしれない」という気持ちを促し,より積極的なコミュニケーションを引き出すと考えられています.

このようにコーチングでは,会話・質問を通して,前向きに,自主的に問題解決の道を選択させることを目指します.臨床場面での限られた面会時間で,100%コーチングを実践するというのは,非常に困難なようにも思います.しかし,患者さんとの会話の中で,患者さんの気持ちに共感したり,自発的な態度を促すような質問を1回でも実践してみる,といった目標なら実践可能です.まずはここでの会話例のように,比較的コーチングの導入が容易な,モチベーションの高い患者さんに対して,実践してみるのも良いかもしれませんね.


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